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台湾は、昔ポルトガル人に「フォルモサ」と呼ばれていました。その意味は、台湾が自然に恵まれている美しい島ということです。
だからこそ、台湾絶景やグルメなど台湾魅力をもっと多くの人に知ってほしいと思い、ブログ「多彩な台湾」を作りました。
いろいろ多岐にわたる内容ですが、ぜひ、ご覧くださいませ。





獄政博物館「旧嘉義刑務所」
台湾各地では、日本統治時代に建てられた建築物がたくさん残っています。今回は、台湾南部の嘉義市内にある旧嘉義刑務所「獄政博物館」をおすすめします。 旧嘉義刑務所は、日本統治時代(1922年)に建てられ、1994年まで使われました。ほぼ完全な形で保存された旧嘉義刑務所は、和洋折衷の建築構造に属し、2005年に文化財となり、「獄政博物館」として無料で一般の方に開放されています。ここでは、日本統治時代から民国政府時代までの台湾刑務所の歴史や司法の発展を知ることができます。また、貴重な刑務所の内部にあるものを垣間見ることができます。開放以来、旧嘉義刑務所には多くの人が訪れるようになり、観光スポットとなっています。 旧嘉義刑務所には、木造や赤レンガ造り、コンクリート造りなどの建物が28棟保存されています。当時、それらの建物は、舎房や工場、倉庫、教悔堂、展覧室、医療室などの目的に利用されました。見所がたくさんあるので、ここに来たら、ゆっくりと見学してみてください。 ここでいくつかの見所をご紹介します。 まず、台湾ではここでしか


呉晉淮(ゴ・シンワイ)音楽記念館で台湾歌謡を楽しみましょう
台湾歌謡で一番有名な人と言えば、呉晉淮氏です。今回は台湾歌謡界の巨匠である呉晉淮氏に関わる「呉晉淮音楽記念館」をおすすめします。 呉晉淮音楽記念館は、台湾南部の台南柳営にある「火焼店」という集落にあります。明の時代より、火焼店は、呉晉淮氏の先祖によって開発されたので、呉家がこの地域の大地主として活躍し、貸地業で富豪になりました。その音楽記念館は、呉家のお屋敷をリフォームし、文化財の重要拠点として2012年に無料で一般の方に開放されています。 呉晉淮音楽記念館を紹介する前に、まず、呉晉淮氏の物語をご説明いたします。呉氏は、台湾歌謡の歴史において重要な作曲家・歌手であり、日本との絆もたくさんあります。1916年に生まれた呉氏は、12才の時日本に行って就学しました。家族はもともと彼が兄と同じく、医者の道に進んでほしがったが、音楽に夢中になっていたので、その道を継ぎませんでした。その後、東京にある日本歌謡学院に入学し、「演歌の父」と呼ばれた「古賀政南」先生に音楽理論やギターの技法などを学びました。歌謡学院を卒業した後、「矢口幸男」の芸名を使


台南の柳営で「劉啓祥美術記念館」と「劉家古厝」を巡りましょう
台湾の魅力は大都市はもちろん、田舎にもあふれています。今回は、台湾南部の台南の郊外にある「柳営」という農業の町にある「劉啓祥美術記念館」と「劉家古厝」をおすすめします。 柳営は、台南の北部にあり、人口が約19,800人います。自然環境に恵まれているので、農業が盛んで稲やドラゴンフルーツ、マッシュルームなどの農産物の産地として有名です。そのほか、酪農業も盛んで、「牛乳の郷里」と言われています。柳営の旧名は、「査畝営」と呼ばれ、その地名は明の時代に土地調査や屯田のため設けられた軍営の名からつけられたという話があります。日本統治時代に、査畝営の台湾語の発音は、女性の軍営という意味の「査母営」と同じだったため、区別するために柳営に改名されたそうです。なぜ、柳営という名前に改名されたかというと、それはその辺りの集落で名門である「劉家」と関わりがあります。「劉」の文字と、発音が同じ「柳」を取り入れました。これが、柳営の由来です。 ここには、緑豊な自然の風景だけでなく、劉啓祥美術記念館などのスポットもあります。台南都心からバスで30分ほどでいくことが
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